人間の認知には本質的な限界が存在することを認知科学から理解し、ヒューマンエラーを個人の不注意としてではなく人間の特性として捉える視点を身につけました。さらに、安全文化や高信頼性組織(High Reliability Organization)の研究を通して、安全とは個人の努力ではなく組織全体の能力として形成されるものであることを確認しました。そして前回は、事故分析の理論と方法を取り上げ、事故が発生した後の学習が組織の安全性を高める重要な契機となることを考察しました。

しかし、安全管理が事故分析だけで完結するわけではありません。事故分析は過去に起きた出来事から学ぶ営みですが、安全管理が最終的に目指すべきものは、事故が起こる前に危険を予測し、その発生可能性を低減することにあります。この「未来に向かう安全管理」の考え方を体系化したものが、リスクマネジメントです。

「リスク」という言葉は日常生活の中でも広く用いられていますが、その意味は必ずしも統一されていません。一般には「危険」や「危ないこと」と同じ意味で理解されることが少なくありません。しかし、安全学においてリスクは、「危険そのもの」を意味する言葉ではありません。国際標準化機構(ISO)が公表しているISO 31000では、リスクを「目的に対する不確かさの影響」と定義しています。この定義は一見すると抽象的ですが、安全管理を理解する上で極めて重要な意味を持っています。

例えば、介護施設では「利用者が安全に生活する」という目的が存在します。その目的に対して、転倒や誤嚥、誤薬、感染症、虐待など、さまざまな出来事が影響を及ぼす可能性があります。しかし、それらは必ず発生するわけではなく、「発生するかもしれない」という不確実性を伴っています。したがって、リスクとは危険な出来事そのものではなく、「目的の達成を妨げる可能性」と理解した方が正確です。

この考え方は、介護という仕事の特性を理解する上でも重要な示唆を与えます。介護は、利用者の日常生活を支える営みであり、その目的は単に事故を防ぐことではありません。利用者がその人らしく生活し、自らの意思を尊重されながら暮らし続けることが介護の本質的な目的です。そのため、安全だけを追求して生活の自由を過度に制限すれば、事故は減少するかもしれませんが、本来の目的は達成できません。

例えば、転倒を恐れるあまり、利用者を終日車椅子に座らせ続けることを考えてみましょう。確かに歩行中の転倒は減少するかもしれません。しかし、その結果として筋力は低下し、活動量も減少し、生活意欲が失われる可能性があります。さらに身体拘束に近い状態となれば、尊厳の侵害という新たな問題も生じます。この事例は、安全管理が「危険をなくすこと」だけを目的としてはならないことを示しています。

リスクマネジメントとは、危険を完全に排除する活動ではありません。安全と生活の質(Quality of Life)の双方を維持しながら、許容可能な範囲まで危険を低減するための意思決定の方法論なのです。

このような考え方は、安全工学だけでなく、経営学や金融工学、災害科学など、さまざまな分野で発展してきました。いずれの分野にも共通するのは、「リスクをゼロにすることはできない」という前提です。

人間が活動する限り、不確実性を完全になくすことはできません。介護現場では利用者の身体状況や認知機能が日々変化し、職員の経験や技能にも違いがあります。季節による感染症の流行や自然災害といった外部環境も、安全に大きな影響を与えます。このような状況において、「事故ゼロ」という目標だけを掲げることは、現場に過度な心理的負担を与える危険性があります。

もちろん、重大事故を防止する努力は不可欠です。しかし、それは現実を無視した理想論ではなく、人間や組織の特性を踏まえた合理的な安全管理によって実現されるべきです。

そこでリスクマネジメントでは、「リスクの特定」「リスクの分析」「リスクの評価」「リスクへの対応」という一連のプロセスを重視します。

まず重要になるのは、どのような危険が存在するのかを把握することです。転倒や誤薬といった既知の危険だけではなく、新たな介護機器の導入や利用者の状態変化によって生じる新しい危険にも目を向けなければなりません。

次に、それぞれの危険がどの程度の頻度で発生し、その結果がどの程度重大であるのかを分析します。同じ転倒であっても、軽微な打撲で済む場合と、大腿骨頸部骨折を引き起こす場合とでは、その影響は大きく異なります。また、発生頻度が低くても重大な結果をもたらすリスクについては、優先的な対策が必要になります。

さらに、それらの分析結果を踏まえ、どのリスクを優先的に管理するのかを評価し、具体的な対策へ結び付けます。この過程では、「すべての危険に同じだけの資源を投入する」という発想ではなく、限られた人的・物的資源を最も効果的に配分するという経営的な視点も求められます。

ここで重要なのは、リスクマネジメントは管理者だけが行う活動ではないということです。

利用者の小さな変化に最初に気付くのは、日常的にケアを行っている介護職であることが少なくありません。その気付きが適切に共有され、多職種による検討を経て対策へ結び付けられるとき、初めて組織としてのリスクマネジメントが機能します。

したがって、リスクマネジメントとは専門部署だけの仕事ではなく、現場で働く一人ひとりの観察力と判断力、そして組織全体の情報共有能力によって支えられる活動です。その意味では、本連載でこれまで取り上げてきた認知科学や安全文化、高信頼性組織の理論は、すべてリスクマネジメントの基盤を構成していると言えるでしょう。

次に、「リスクマネジメント」を単なる管理技法ではなく、「介護という専門職の意思決定論」として位置付けたいと思います。

介護現場では、「安全を優先するべきか、それとも利用者の自己決定を尊重するべきか」という問いに日常的に直面します。しかし、この問いは二者択一ではありません。現代のリスクマネジメントは、安全を追求することと、その人らしい生活を支えることを両立させるための理論へと発展してきました。

そのような視点を踏まえながら、以降ではISO 31000の考え方を介護実践へ接続し、「予測する安全」から「共創する安全」へと議論を展開します。

これまで、リスクマネジメントとは危険を排除する活動ではなく、不確実性を適切に理解し、組織として合理的な意思決定を行うための方法論であることを説明しました。また、介護の目的が事故をなくすことではなく、利用者がその人らしい生活を継続できるよう支援することにある以上、安全管理もまた生活の質との均衡の上に成り立つことを確認しました。

こうした考え方を実践へ結び付けるために国際的な指針となっているのが、ISO 31000です。この規格は特定の産業だけを対象としたものではなく、企業経営、行政、医療、福祉など、あらゆる組織が共通して利用できるリスクマネジメントの基本原則を示しています。その特徴は、リスク管理を事故対応の一部ではなく、組織運営そのものに組み込むべき活動として位置付けている点にあります。

従来の安全管理では、事故が発生すると原因を調査し、再発防止策を策定するという流れが中心でした。この方法は事故から学ぶという意味では重要ですが、それだけでは「事故が起こってから改善する」という受動的な管理にとどまります。一方、ISO 31000が目指すのは、日常的な意思決定のあらゆる場面にリスクという視点を取り入れ、危険が顕在化する前から継続的に評価と改善を繰り返す組織をつくることです。

介護施設を例に考えてみると、この違いはよく理解できます。利用者が転倒した後に原因を分析することはもちろん重要ですが、それ以上に大切なのは、転倒が起こる可能性を日常の観察から予測し、利用者の状態変化や生活環境の変化に応じて支援方法を見直し続けることです。つまり、安全管理は事故報告書を作成する時だけ行われる特別な業務ではなく、日々のケアそのものの中に組み込まれていなければなりません。

この考え方を実践するためには、リスクアセスメントを一度実施して終わりと考えてはなりません。利用者の身体機能、認知機能、疾病の状態、生活歴、家族との関係、さらには施設内の人的配置や物理的環境まで、介護を取り巻く条件は常に変化しています。そのため、一度安全であった方法が、数週間後あるいは数か月後にも同じように安全であるとは限りません。

例えば、歩行器を用いて自立歩行が可能であった利用者が、感染症による体力低下を契機として歩行能力を失うことがあります。逆に、リハビリテーションによって身体機能が改善し、自ら歩こうとする意欲が高まることもあります。前者では転倒リスクの増大に注意しなければなりませんが、後者では活動性の向上という利益を損なわないよう支援方法を再構築する必要があります。同じ利用者であっても、リスクは固定された属性ではなく、その時々の状態や環境との関係の中で絶えず変化しているのです。

このことは、リスクマネジメントが「危険を評価する技術」であると同時に、「変化を理解する技術」でもあることを意味しています。

ここで介護安全学が重視すべきもう一つの視点があります。それは、「許容可能なリスク(Acceptable Risk)」という考え方です。

一般社会では、安全は高ければ高いほど望ましいと考えられることが少なくありません。しかし、安全を極限まで追求することが、必ずしも利用者の幸福につながるとは限りません。介護の対象となる高齢者は、自らの生活を主体的に選択する権利を持つ一人の生活者であり、その生活には挑戦や楽しみ、時には一定の危険を伴う行動も含まれます。

例えば、自宅では毎日庭の手入れを楽しんでいた利用者が、施設へ入所した途端に「転倒の危険がある」という理由だけで屋外活動を全面的に禁止されたとすれば、その生活は安全になったと言えるでしょうか。

身体的な危険は減少するかもしれません。しかし、生きがいや生活の満足感は著しく損なわれる可能性があります。

ここで介護職に求められるのは、「危険だからやめてもらう」という判断ではありません。その活動を継続するためにはどのような支援が必要であり、どの程度の危険であれば本人と家族が納得した上で受け入れることができるのかを、多職種とともに検討することです。

この発想は、「リスクの回避」から「リスクの共有」への転換とも言えます。

介護職だけが危険を判断するのではなく、利用者本人、家族、医療職、リハビリテーション専門職など、多様な立場を持つ人々が情報を共有し、それぞれの価値観を踏まえながら最適な支援方法を模索することが重要になります。

ここには、本連載の初期から繰り返し述べてきた「共創」という視点が自然につながります。

安全は専門職が一方的に提供するものではありません。利用者や家族を含めた多様な主体が対話を重ね、それぞれの価値観や生活目標を共有することによって初めて実現されます。その意味で、リスクマネジメントとは危険を管理する技術ではなく、生活を支えるための意思決定を共に創り上げるプロセスとして理解すべきでしょう。

さらに近年では、このような考え方を支える新しい安全理論として、「Safety-I」と「Safety-II」の対比が注目されています。

Safety-Iでは、安全とは事故が発生しない状態を意味し、事故の原因を分析して取り除くことが中心課題となります。これに対してSafety-IIでは、安全とは「日常業務がうまく遂行され続けている状態」であると考えます。すなわち、安全を理解するためには、失敗した場面だけではなく、事故が起きなかった日常の実践にも目を向けなければならないという発想です。

介護現場では、一日に何百回もの移乗介助や食事介助、排泄介助が行われています。そのほとんどは大きな事故を伴うことなく、安全に終了しています。従来の安全管理では事故が発生した一場面だけを分析していましたが、Safety-IIの視点に立てば、「なぜ普段は安全に実践できているのか」という成功の要因を明らかにすることも同じように重要になります。

例えば、経験豊富な介護職が利用者の表情や声の調子から体調の変化を早期に察知し、介助方法を自然に調整していることがあります。また、職員同士が日常的に短い声掛けを交わしながら情報共有を行っているために、小さな異常が重大事故へ発展せずに済んでいることもあります。こうした日常的な適応能力こそが、安全を支える本質であるという考え方がSafety-IIの特徴です。

この視点は、高信頼性組織やレジリエンス工学とも深く結び付いています。安全な組織とは、失敗を減らす組織であるだけではなく、日常の成功を再現し続ける能力を持つ組織でもあります。そのため、介護安全学におけるリスクマネジメントも、「危険を探す活動」と「安全を育てる活動」の両面から理解しなければなりません。

ここまで見てきたように、リスクマネジメントとは、事故を予測して防止するための技術であると同時に、利用者の生活を支えるための倫理的な意思決定を支援する方法論でもあります。そして、その実践を支えているのは、利用者の変化を継続的に観察し、多職種が専門性を持ち寄り、組織全体が学習し続けるという不断の営みです。

したがって、安全とは固定された状態ではありません。安全とは、利用者の生活とともに変化し続ける状況へ柔軟に適応し、その都度最も適切な支援を模索し続ける組織能力であり、専門職としての知性そのものなのです。