本連載ではこれまで、安全学がどのような歴史をたどりながら発展してきたのかを順を追って学んできました。ヒューマンエラーの研究から始まり、事故分析、安全文化、高信頼性組織、リスクマネジメントへと議論を進める中で、一貫して確認してきたことがあります。それは、安全とは人間の努力だけによって維持されるものではなく、人間と組織、さらには社会全体の相互作用によって成立するという考え方です。
しかし、二十一世紀に入ると、安全学はさらに大きな転換点を迎えます。
それまで長く主流であった安全管理の考え方そのものが見直され、「事故を減らすことだけでは、安全を十分に説明できないのではないか」という問いが提起されるようになったのです。
この問いに対して新たな理論的枠組みを提示したのが、デンマークの安全研究者エリック・ホルナゲルらによって発展したレジリエンス工学であり、その中核を成す概念がSafety-IIです。
この理論を理解するためには、まず従来の安全思想を振り返る必要があります。
長年にわたり、安全管理の基本的な考え方は、「事故は異常な出来事であり、その原因を取り除けば安全になる」というものでした。この考え方では、安全とは事故や災害、トラブルが発生していない状態を意味します。したがって、安全管理の中心的な課題は、事故を分析し、その原因を除去することに置かれていました。
この考え方は、現在「Safety-I」と呼ばれています。
Safety-Iという名称は、従来の安全管理を否定するために付けられたものではありません。むしろ、長年にわたって社会の安全性向上に大きく貢献してきた重要な理論を整理するための概念です。
実際、ハインリッヒのドミノ理論やリーズンのスイスチーズモデル、Root Cause Analysis(RCA)、さらにはリスクアセスメントの多くは、このSafety-Iの考え方の中で発展してきました。
事故が起きれば、その原因を分析し、再発防止策を講じる。この営みは、現在でも安全管理に不可欠であり、その重要性が失われたわけではありません。
しかし、現実の介護現場を見つめると、一つの疑問が浮かび上がります。
介護職は一日に何回の介助を行っているでしょうか。
食事介助、移乗介助、排泄介助、更衣介助、入浴介助、見守り、記録、申し送りなどを合わせると、一人の職員は数百回にも及ぶ判断と行動を繰り返しています。
その中で事故として報告される出来事は、ごくわずかです。
つまり、介護という営みの大部分は、「事故が起きなかった実践」によって構成されています。
ところが、従来の安全管理では、その膨大な成功にはほとんど目が向けられてきませんでした。
事故が発生したときには詳細な分析が行われますが、事故が起きなかった日常については、「何も起こらなかった」として見過ごされてしまいます。
しかし、本当に「何も起こらなかった」のでしょうか。
例えば、歩行が不安定な利用者が立ち上がろうとした瞬間、介護職が表情の変化に気付き、自然に身体を支えて転倒を防いだ場面を考えてみます。
あるいは、食事中のわずかな咳払いから嚥下状態の変化を察知し、食事形態を変更したことで誤嚥を未然に防いだ場面もあるでしょう。
さらに、夜間巡視の際に利用者の普段とは異なる呼吸状態へ気付き、早期に看護職へ連絡したことで重篤化を防いだ事例も少なくありません。
これらはいずれも事故報告書には記載されないかもしれません。しかし、介護現場の安全は、このような無数の適切な判断と柔軟な対応によって支えられています。
ここでホルナゲルは、一つの重要な問いを投げ掛けます。
「事故が起きた理由だけを分析していて、本当に安全を理解したことになるのだろうか。」
この問いは、安全学に新しい研究対象をもたらしました。
すなわち、「成功はなぜ成功したのか」という問いです。
従来の安全管理では、事故は分析の対象でしたが、成功は分析の対象ではありませんでした。しかし、レジリエンス工学では、成功した実践の中にこそ、安全を支える本質が存在すると考えます。
ここで言う「成功」とは、特別な成果を意味しているのではありません。
利用者が安心して食事を終えたことも、夜間に穏やかに眠ることができたことも、転倒せずに一日を過ごせたことも、すべて安全な実践としての成功です。
介護職は、利用者の状態変化を観察し、その場に応じて介助方法を微調整し、多職種と連携しながら日常を支えています。その一つひとつは目立つものではありませんが、それらが積み重なることによって安全が実現しています。
レジリエンス工学では、このような日常的な適応能力を「レジリエンス」と呼びます。
レジリエンスという言葉は、日本では「困難から立ち直る力」と訳されることが多くあります。しかし、安全学におけるレジリエンスは、それだけではありません。
安全学におけるレジリエンスとは、変化し続ける状況に適応しながら、期待される機能を維持し続ける組織や個人の能力を意味します。
介護現場では、利用者の体調は毎日変化し、予定どおりに業務が進まないことも珍しくありません。急な体調不良、家族対応、職員の欠勤、緊急搬送など、多くの予測できない出来事が起こります。
それにもかかわらず、多くの介護施設では日々のケアが大きな混乱なく継続されています。
これは偶然ではありません。
現場の職員が状況を観察し、優先順位を調整し、互いに支援し合いながら、その都度最適な対応を選択しているからです。
つまり、安全とは、計画どおりに仕事が進んだ結果ではなく、変化する現実へ柔軟に適応した結果として生み出されているのです。
この視点に立つと、安全とは「事故がない状態」ではなく、「組織が状況の変化へ適応し続ける能力」であるという理解へと到達します。
この考え方が、Safety-IIの出発点です。
次に、レジリエンス工学が誕生した背景と、Safety-IIという新しい安全思想が「事故を分析すること」だけではなく、「日常の成功を理解すること」にも目を向けた理由について説明しました。この考え方は、安全学の歴史の中で極めて大きな転換点となりましたが、その意義を正しく理解するためには、Safety-Iとの関係を整理しておく必要があります。
Safety-Iは、安全を「事故や障害が発生していない状態」と捉えます。この立場では、事故は正常な状態からの逸脱であり、その原因を分析して除去することが安全管理の中心的な課題となります。したがって、安全活動は事故報告、ヒヤリハット分析、根本原因分析、リスクアセスメントなどを通じて、事故の再発防止を図る方向へ発展してきました。
この考え方は、産業安全や医療安全の発展に極めて大きな貢献を果たしています。例えば、薬剤管理の手順を標準化したり、ダブルチェックを導入したり、機器の点検手順を整備したりすることによって、多くの事故が防止されてきました。介護分野においても、転倒予防マニュアルや感染対策、誤薬防止の仕組みなどは、このSafety-Iの考え方に基づいて発展してきたものです。
したがって、Safety-IIが提唱されたからといって、Safety-Iが不要になったわけではありません。むしろ、安全管理の基盤として現在でも不可欠な役割を果たしています。
しかし、安全学の研究が進むにつれて、一つの疑問が生じました。
事故は全体の中では例外的な出来事であるにもかかわらず、安全研究のほとんどは、その例外だけを対象としてきたのではないかという疑問です。
介護施設では、一日に何百回もの介助が行われます。その大部分は事故なく終了します。つまり、日常業務のほとんどは「うまくいっている仕事」です。
それにもかかわらず、安全管理では、事故が発生した数件だけを分析し、それ以外の成功した実践についてはほとんど検討されてきませんでした。
ここでSafety-IIは、安全を次のように捉え直します。
安全とは、「できるだけ多くのことが、期待どおりにうまくいく状態」であるという考え方です。
この定義は、一見すると単純に見えるかもしれません。しかし、その意味は非常に深いものがあります。
例えば、食事介助を考えてみましょう。
利用者が安全に食事を終えるまでには、多くの条件が整わなければなりません。利用者の覚醒状態が保たれ、姿勢が適切に調整され、食事形態が身体機能に適合し、介助者が嚥下状態を観察しながら介助を進める必要があります。さらに、食事環境が落ち着いており、多職種との情報共有も適切に行われていなければなりません。
こうした条件が毎日のように整えられているからこそ、重大な事故は発生せず、利用者は安心して食事を続けることができます。
Safety-IIは、この「毎日うまくいっている理由」を明らかにしようとする学問です。
ここで重要になるのが、「人間は失敗する存在である」という従来の理解に対する見方の変化です。
Safety-Iでは、人間の柔軟な判断は、時として事故の原因になり得るものとして捉えられてきました。そのため、標準化や手順化を進め、人間の判断に依存しない仕組みを構築することが安全性の向上につながると考えられてきました。
一方、Safety-IIでは、人間の柔軟な判断こそが安全を支えていると考えます。
介護現場では、利用者一人ひとりの身体状況や認知機能、生活歴、価値観が異なります。同じマニュアルをそのまま適用するだけでは、適切な支援を提供できない場面が数多くあります。
例えば、ある利用者は声を掛けながら介助した方が安心して身体を動かすことができますが、別の利用者は過度な声掛けによってかえって緊張し、動作がぎこちなくなることがあります。
また、認知症の利用者では、その日の体調や心理状態によって介助方法を柔軟に変更しなければ、安全に支援できないことも少なくありません。
こうした対応は、マニュアルには詳細に記載されていないことがほとんどです。
しかし、経験を積んだ介護職は、利用者の表情や呼吸、動作の速度、声の調子など、多くの情報を瞬時に統合し、その場に最も適した支援方法を選択しています。
Safety-IIは、このような専門職の適応能力こそが、安全の源泉であると考えます。
この考え方を理解する上で欠かせない概念が、「Work as Imagined」と「Work as Done」です。
Work as Imaginedとは、「仕事はこのように行われるはずである」という設計者や管理者、あるいはマニュアルが想定している仕事の姿を指します。業務手順書や標準作業手順、研修資料などに示されている仕事は、基本的にはWork as Imaginedです。
これに対してWork as Doneとは、現場で実際に行われている仕事を意味します。
介護現場では、利用者の状態変化や突発的な出来事への対応、多職種との調整などにより、業務は常に変化しています。そのため、実際の仕事は、あらかじめ想定された手順どおりには進まないことがほとんどです。
ここで重要なのは、この違いを「ルール違反」と考えてはならないという点です。
例えば、食事介助中に隣の利用者が体調を崩した場合、介護職は一時的に優先順位を変更し、別の利用者への対応を行わなければならないかもしれません。また、予定されていた介助方法を、その日の身体状況に応じて変更することもあります。
このような調整は、マニュアルから逸脱しているように見える場合があります。しかし、それは安全を損なう行為ではなく、むしろ現実に適応するための専門的判断であることが少なくありません。
レジリエンス工学では、このような現場の適応能力を「パフォーマンス調整」と呼びます。
人間は状況に応じて柔軟に行動を変化させることができます。この能力があるからこそ、予測できない出来事が発生しても、安全を維持することが可能になります。
もちろん、すべての逸脱が正当化されるわけではありません。標準手順には、長年の経験や研究によって積み重ねられた合理性があります。そのため、現場の判断が安全性を高めているのか、それとも新たな危険を生み出しているのかを継続的に検証することが重要です。
したがって、Safety-IとSafety-IIは対立する理論ではありません。
Safety-Iは、安全を維持するための基盤として標準化や原因分析を担い、Safety-IIは、現場の適応能力や成功の要因を理解することによって、その基盤をより現実に即したものへ発展させます。両者は、それぞれ異なる側面から安全という複雑な現象を説明しているのであり、どちらか一方だけで十分ということではありません。
介護安全学においても、この二つの視点を統合することが重要になります。
事故が発生したときには、その原因を分析し、再発防止策を講じなければなりません。同時に、事故が発生しなかった日常の実践にも目を向け、「なぜ普段は安全に介護が行われているのか」を学び続ける必要があります。
その学びの積み重ねが、組織全体の適応能力を高め、新たな状況にも柔軟に対応できる力を育てます。安全とは、固定された手順を守ることだけではなく、変化し続ける現実に応じて最適な実践を創り出し、それを組織全体の知識として共有し続ける営みだからです。
本連載の第1回から本稿までを通して、一貫して強調してきたことがあります。それは、安全とは事故を防ぐための技術ではなく、人間を理解し、組織を理解し、利用者の生活を理解するための総合的な学問であるということです。
だからこそ、介護安全学が目指す専門職とは、単にマニュアルを遵守できる人材ではありません。理論を理解し、現実を観察し、その両者を結び付けながら最善の実践を創造できる専門職です。そのような専門職の育成こそが、これからの介護安全学に求められる最も重要な課題であると言えるでしょう。
