介護現場では、転倒や誤薬、誤嚥、入浴中の事故など、さまざまな事故が発生する可能性があります。
事故が発生したとき、多くの施設では事故報告書を作成し、原因を調査し、再発防止策を検討します。
しかし、ここで一つ考えてみたいことがあります。
事故報告書を書くことと、事故を分析することは、同じ意味なのでしょうか。
実は、この二つは必ずしも同じではありません。
事故報告書は、「いつ、どこで、誰に、何が起こったのか」という事実を記録することを目的としています。
一方、事故分析は、「なぜその事故が起きたのか」「なぜ組織は防ぐことができなかったのか」「今後どのようにすれば同じ事故を防げるのか」を科学的に考えるための活動です。
つまり、事故分析とは、過去を責めるためではなく、未来をより安全にするために行われるものなのです。
本稿では、事故分析学の基本的な考え方を学びながら、介護現場で事故をどのように捉え、どのように学びへと変えていくべきかを考えていきます。
事故分析とは何か
まず、「事故分析」という言葉の意味を正確に理解しましょう。
事故分析(Accident Analysis)とは、「事故が発生した背景や経過を体系的に調査し、その事故を引き起こした要因や仕組みを明らかにすることで、再発防止と組織学習につなげる活動」と定義されます。
ここで重要なのは、「原因を一つ見つけること」が事故分析ではないという点です。
例えば、利用者が居室で転倒したとします。
「見守りが不足していた」という結論だけでは、事故分析としては十分ではありません。
なぜ見守りが不足したのでしょうか。
職員配置に問題はなかったのでしょうか。
利用者の身体状況に変化はなかったのでしょうか。
環境整備は適切だったのでしょうか。
申し送りに不足はなかったのでしょうか。
事故分析では、このように多角的な視点から事故を捉えます。
つまり、一つの出来事を「点」で見るのではなく、「線」や「面」として理解することが重要なのです。
事故分析はなぜ必要なのか
事故分析が重要になった背景には、近代産業の発展があります。
二十世紀に入ると、航空機や鉄道、化学工場、原子力発電所など、大規模で複雑なシステムが社会の中で重要な役割を担うようになりました。
こうしたシステムでは、一度事故が起これば、多くの人命や社会全体に重大な影響を及ぼします。
当初は、「事故は担当者の不注意によって起こる」と考えられていました。
しかし、多くの事故を分析すると、事故の背景には設備、組織、人間関係、教育、情報共有など、多数の要因が関係していることが分かりました。
つまり、「一人を処分しても、事故はなくならない」という事実が明らかになったのです。
この反省から、安全工学では「事故から学ぶ」という考え方が発展しました。
介護現場も例外ではありません。
転倒事故一つをとっても、その背景には利用者の身体状況だけではなく、ケア計画、福祉用具、環境整備、職員間の情報共有、夜勤体制など、さまざまな要因が関係しています。
事故分析とは、それらを一つずつ整理し、組織全体の改善につなげるための学問なのです。
原因と要因はどのように違うのか
事故分析を行うとき、しばしば「原因」という言葉が使われます。
しかし、安全学では、「原因」と「要因」を区別して考えます。
原因(Cause)とは、「事故を直接引き起こした出来事や行為」を指します。
一方で、要因(Factor)とは、「事故の発生に影響を与えた背景や条件」を指します。
例えば、利用者が転倒した事故を考えてみましょう。
直接の原因は、「立ち上がった際にバランスを崩したこと」かもしれません。
しかし、その背景には、床が滑りやすかったこと、夜間で照明が暗かったこと、職員が別の利用者を介助していたこと、利用者の服薬内容が変更されていたことなど、複数の要因が存在している可能性があります。
もし直接の原因だけに注目すれば、「立ち上がらなければよかった」という結論になってしまいます。
しかし、それでは利用者の生活を制限するだけで、本質的な改善にはつながりません。
事故分析では、「原因」だけではなく、「要因」を明らかにすることが重要なのです。
RCA(Root Cause Analysis)とは何か
事故分析で最も広く用いられている手法の一つが、**RCA(Root Cause Analysis:根本原因分析)**です。
RCAとは、「事故の表面的な原因だけではなく、その背景に存在する根本的な問題を明らかにし、再発防止につなげる分析手法」と定義されます。
RCAはなぜ生まれたのか
航空や医療の分野では、事故が起こるたびに担当者を処分しても、同じ事故が繰り返されるという問題がありました。
そこで、「本当の原因はどこにあるのか」を探る方法としてRCAが発展しました。
RCAは、「人が間違えたから事故が起きた」という説明では終わりません。
「なぜその人は間違えたのか」「その間違いを防ぐ仕組みは存在していたのか」「組織として改善できる点は何か」という視点で分析を進めます。
介護現場で考えてみましょう
例えば、誤薬事故が起きたとします。
「薬を確認しなかった」という事実だけを見れば、原因は職員の確認不足です。
しかし、RCAではさらに考えます。
薬袋の表示は見やすかったのでしょうか。
配薬する場所は静かな環境だったのでしょうか。
途中でナースコールが鳴り、作業が中断されなかったでしょうか。
新人職員への教育は十分だったでしょうか。
このように背景を掘り下げることで、「個人を責める」のではなく、「組織を改善する」という視点が生まれます。
「なぜ」を繰り返す意味
RCAでは、一度「なぜ」と問いかけただけで分析を終えることはありません。
事故の背景には、複数の要因が階層的に存在していることが多いためです。
例えば、「利用者が転倒したのはなぜか」と考えると、「歩行時にふらついたから」という答えが得られるかもしれません。
次に、「なぜふらついたのか」と考えると、「服薬内容が変更されていた」という事実が見えてきます。
さらに、「なぜ服薬変更の情報が共有されなかったのか」と問い直すことで、申し送りの方法や情報共有の仕組みに課題があったことが分かるかもしれません。
このように、「なぜ」という問いを重ねることで、事故の背景にある構造的な課題が見えてきます。
ただし、ここで注意しなければならないことがあります。
「なぜ」を繰り返すことは、個人を追及することではありません。
安全学で行う「なぜ」は、責任追及のためではなく、学習のための問いです。
相手を責める姿勢で問い続ければ、職員は本当のことを話さなくなります。
一方、「一緒に原因を考えよう」という姿勢で問いを重ねれば、事故は組織全体の学びへと変わっていきます。
この違いこそが、安全文化を育てるうえで極めて重要なのです。
これまでは、事故分析とは「事故の原因を探すこと」ではなく、「事故から組織が学び、将来の安全につなげるための知的活動」であることを学びました。
また、事故には一つだけの原因があるとは限らず、多くの場合、人的要因、環境要因、組織要因などが相互に関係しながら事故が発生することも確認しました。
しかし、安全学の研究はここで終わりませんでした。
事故分析を進める中で、多くの研究者が新たな疑問を抱くようになります。
「根本原因は本当に一つなのだろうか。」
「事故には本当に『最後の原因』が存在するのだろうか。」
こうした問いが、安全学をさらに発展させることになりました。
Five Whys(なぜなぜ分析)とは何か
RCAを実践するときによく用いられる方法が、**Five Whys(ファイブ・ホワイズ)**です。
Five Whysとは、「事故や問題が発生したときに、『なぜ』という問いを繰り返し、表面的な原因ではなく背景にある構造的な課題を明らかにする分析方法」と定義されます。
この手法は、製造業における品質管理の分野で発展し、その後、多くの産業で活用されるようになりました。
「五回」という数字が付いていますが、必ず五回質問しなければならないという意味ではありません。
重要なのは、「最初に見えた原因だけで分析を終わらせない」という姿勢です。
例えば、利用者が居室で転倒した場面を考えてみましょう。
最初に「なぜ転倒したのですか」と問いかけると、「歩行中にふらついたからです」という答えが返ってくるかもしれません。
次に、「なぜふらついたのですか」と問いかけると、「夜間に急いでトイレへ行こうとしていたからです」という事実が見えてきます。
さらに、「なぜ急いでいたのですか」と考えると、「ナースコールを押すと迷惑を掛けると思っていた」という利用者の心理が分かるかもしれません。
そして、「なぜそのように思ったのでしょうか」と問いを重ねると、「普段から職員が忙しそうにしていた」「利用者への説明が十分ではなかった」という組織的な課題へとつながることがあります。
このように、「なぜ」という問いは、個人を責めるためではなく、事故を生み出した背景を理解するために用います。
Five Whysの限界とは何か
Five Whysは非常に優れた方法ですが、万能ではありません。
最大の課題は、「一つの原因を一直線にたどる分析になりやすい」という点です。
現実の事故は、一本の原因だけで起こることはほとんどありません。
例えば、転倒事故には、利用者の身体機能、照明環境、床材、履物、職員配置、情報共有、ケア計画など、多くの要因が同時に関わっています。
そのため、安全学では、「一本の原因を探す」のではなく、「複数の要因の関係を理解する」方向へ研究が発展していきました。
SHELモデルとは何か
その代表的な理論が、SHELモデルです。
SHELモデルとは、「事故は人間だけの問題ではなく、人間を取り巻く環境や設備、手順、他者との関係が適切に調和しているかどうかによって発生するという考え方」と定義されます。
SHELという名称は、それぞれ四つの要素の頭文字から構成されています。
Softwareは、手順書やマニュアル、ルールなどを意味します。
Hardwareは、車椅子やベッド、リフト、福祉用具などの設備や機器を意味します。
Environmentは、照明、温度、騒音、床材などの物理的環境だけではなく、職場の雰囲気や勤務体制なども含む広い概念です。
Livewareは、人間そのものを表します。
さらに、LivewareとLivewareの関係、すなわち職員同士や多職種間のコミュニケーションも重要な分析対象になります。
例えば、誤薬事故が起きた場合でも、「職員が確認しなかった」という一点だけを見るのではなく、「薬袋の表示は見やすかったか」「申し送りは適切だったか」「配薬中に中断が発生しやすい環境ではなかったか」「新人教育は十分だったか」というように、多面的な視点から事故を捉えることができます。
SHELモデルは、「事故は人間だけの問題ではない」という考え方を、分かりやすく整理した理論と言えます。
STAMPとは何か
二十一世紀に入ると、安全学はさらに大きく発展します。
その代表的な理論が、ナンシー・レブソンが提唱した**STAMP(Systems-Theoretic Accident Model and Processes)**です。
STAMPとは、「事故は一つの故障や一人の失敗によって起こるのではなく、複雑なシステム全体の制御が適切に機能しなくなった結果として発生するという事故モデル」と定義されます。
STAMPはなぜ必要になったのか
航空機や医療機器、情報システムなどは年々複雑になっています。
こうしたシステムでは、一つの部品が故障したから事故が起きるという単純な構造では説明できない事故が増えてきました。
例えば、それぞれの職員は自分の役割を適切に果たしていたにもかかわらず、情報共有の遅れや組織間の連携不足によって重大事故が発生することがあります。
STAMPは、このような「システム全体の相互作用」に注目した理論です。
介護施設でも、介護職、看護職、医師、ケアマネジャー、リハビリ職、家族がそれぞれ適切に行動していたとしても、情報共有がうまく機能しなければ事故は起こり得ます。
STAMPは、このような現代の介護に非常に適した考え方と言えるでしょう。
FRAMとは何か
さらに近年、安全学では**FRAM(Functional Resonance Analysis Method)**という分析方法が注目されています。
FRAMは、デンマークの安全学者 エリック・ホルナゲルによって提唱されました。
FRAMとは、「人や組織の仕事は常に状況に応じて柔軟に調整されており、その調整が偶然重なり合うことで事故にも成功にもつながるという考え方に基づいた分析手法」と定義されます。
FRAMは従来の分析と何が違うのか
これまでの事故分析は、「失敗が起きた理由」を探すことが中心でした。
しかしFRAMは、少し異なる問いを立てます。
「普段はなぜ安全に仕事ができているのだろうか。」
介護職は毎日、多くの予測できない出来事に対応しています。
利用者の体調変化、急なナースコール、家族対応、予定外の業務など、その日によって状況は大きく異なります。
それでも大半の日は重大事故なく業務が終わります。
FRAMは、この「うまくいっている日常」に注目します。
つまり、人間が状況に応じて柔軟に判断し、協力し合っているからこそ、安全が維持されていると考えるのです。
そして、その柔軟な調整が偶然重なり、望ましくない方向へ働いたときに事故が発生すると考えます。
この考え方は、第10回で学んだSafety-IIの理念と深く結び付いています。
事故分析学は「人を責める学問」ではない
ここまで見てきたように、事故分析学は時代とともに発展してきました。
初期には、「誰が間違えたのか」が重視されていました。
次に、「なぜ間違えたのか」という背景を探るRCAやFive Whysが広く用いられるようになりました。
その後、安全学はさらに発展し、「人と環境の関係」を分析するSHELモデル、「システム全体」を対象とするSTAMP、「日常業務の成功と失敗を同じ視点で捉える」FRAMへと研究が進んできました。
この流れを見れば分かるように、安全学は「個人を責める学問」から、「組織が学ぶ学問」へ、さらに「システム全体を改善する学問」へと進化してきたのです。
介護安全学も、この発展を受け継いでいます。
事故報告書を書くことが目的ではありません。
事故を組織全体の知識へと変え、利用者にとってより安全で、より質の高いケアを実現することが目的なのです。
そのためには、「誰が悪かったか」という問いではなく、「この事故から私たちは何を学べるのか」という問いを持ち続けることが何よりも重要です。
