- エラーとは何か
- なぜ人は間違えるのか
- ミスと違反は何が違うのか
- ジェームズ・リーズンのエラー分類
- スリップ・ラプス・ミステイク
- 認知科学から見た介護事故
- 「注意不足」という言葉の危険性
- 介護現場への応用
介護現場で事故が発生した際、その原因として最も頻繁に用いられる言葉の一つが「ヒューマンエラー」です。事故報告書にも、「職員のヒューマンエラーによるもの」と記載されることは少なくありません。しかし、この表現が用いられる場面をよく観察すると、「ヒューマンエラー」という言葉自体が十分に理解されないまま、実質的には「職員の不注意」や「確認不足」とほぼ同じ意味で使われていることが少なくありません。
このような理解は、事故の直接的な状況を説明することはできても、その背景にある本質的な原因を明らかにすることにはつながりません。むしろ、「ヒューマンエラーだった」という一言で思考が止まり、それ以上原因を探究しなくなる危険性すらあります。
しかし、本来のヒューマンエラー研究は、人間を責めるための学問ではありません。
むしろ、その目的は、人間という存在がなぜ間違えるのかを理解し、人間の特性を前提とした安全な社会や組織を設計することにあります。
この考え方を理解するためには、まず「エラー」という言葉の意味を正しく理解する必要があります。
日常生活では、「失敗」「ミス」「間違い」「エラー」という言葉がほぼ同じ意味で用いられています。しかし、安全科学では、それぞれの言葉には異なる意味が与えられています。
例えば、利用者の薬を取り違えた場合を考えてみましょう。
結果だけを見ると「誤薬」という事故ですが、その背景にはさまざまな可能性があります。薬を確認したつもりで別の利用者の薬を手に取ったのか、薬の変更情報を知らなかったのか、あるいは急変対応に追われて確認作業そのものが中断されたのかによって、原因は大きく異なります。
つまり、同じ誤薬という結果であっても、人間がどのような認知過程を経てその行動に至ったのかを理解しなければ、本当の意味での再発防止にはつながらないのです。
このような考え方は、一九七〇年代以降に急速に発展した認知心理学の影響を強く受けています。
それ以前の心理学では、人間の行動は外部から観察できる刺激と反応によって説明されることが多く、人間の頭の中で何が起きているかを科学的に扱うことは困難だと考えられていました。
しかし、コンピュータ科学の発展とともに、人間の脳も情報を処理するシステムとして理解できるのではないかという考え方が広まり、認知科学という新しい学問領域が誕生しました。
認知科学では、人間は単純に刺激へ反応しているのではなく、外部から得られた情報を知覚し、それを過去の経験や知識と照らし合わせ、意味を解釈し、判断を行い、その結果として行動していると考えます。
つまり、人間の行動は複雑な情報処理の結果なのです。
この考え方を介護現場に当てはめてみると、一人の利用者が立ち上がろうとしている場面でも、職員は瞬時に膨大な情報を処理しています。
利用者の歩行能力はどうか、今日は体調が良いのか、認知症による見当識障害はあるのか、周囲の床は滑りやすくないか、他の利用者への対応は急を要するのかなど、多くの情報を同時に統合しながら判断しています。
この情報処理は、一つひとつを意識的に考えているわけではありません。経験豊富な介護職ほど、多くの判断を無意識に行っています。
実は、この「無意識」が、安全を支えると同時に、ヒューマンエラーを生み出す要因にもなっています。
例えば、自宅の玄関に鍵を掛けた後、「本当に鍵を掛けただろうか」と不安になる経験をしたことがある人は少なくないでしょう。鍵は確かに掛けています。しかし、その動作があまりにも日常化しているため、意識的な記憶として残っていないのです。
介護でも同じことが起こります。
毎日何十人もの利用者の車椅子ブレーキを確認している職員は、その動作を半ば自動化しています。そのため、実際には確認したにもかかわらず記憶が曖昧になることもあれば、反対に確認したと思い込んで実際には確認していなかったという状況も生じます。
このような現象は、注意力が低いから起こるわけではありません。
人間の脳が、限られた認知資源を効率よく使うために、自動化という仕組みを獲得してきた結果なのです。
もし人間が歩くたびに筋肉一本一本の動きを意識し、食事のたびに箸の持ち方を考え、ドアを開けるたびに指の動きを計算しなければならないとしたら、日常生活は成り立ちません。
脳は繰り返し行う行動を自動化することで、新しい課題へ注意を向けられるようにしています。この能力は、人間が複雑な社会生活を送る上で欠かすことのできない仕組みです。
しかし、自動化には副作用があります。
自動化された行動は効率的である一方、環境の変化に気付きにくくなるのです。
例えば、薬の包装が変わったにもかかわらず以前と同じ感覚で取り扱ってしまう、利用者の身体状況が変化しているにもかかわらず昨日までと同じ介助方法を選択してしまうといった現象は、自動化された認知が新しい情報を十分に取り込めなかった結果として理解できます。
つまり、人間は経験を積むほど安全になるだけではありません。
経験が増えることによって、自動化された判断が増え、それが時として新たなヒューマンエラーを生み出すこともあるのです。
このことは、新人教育だけではなく、中堅職員やベテラン職員の安全教育が重要である理由にもつながります。経験は専門性を高めますが、その一方で「慣れ」や「思い込み」という新たなリスクを生み出す可能性も秘めています。安全とは経験年数だけで保証されるものではなく、自らの認知の特徴を理解し、日々の実践を振り返り続ける姿勢によって支えられるものなのです。
ヒューマンエラー研究は、まさにこの「人間らしさ」を理解するところから始まります。人間は機械ではありません。疲労し、焦り、思い込み、時には記憶違いもします。しかし、それは人間としての欠陥ではなく、人間という存在が持つ普遍的な特性です。安全とは、その特性を否定することではなく、その特性を理解し、それでも事故につながらない仕組みを築くことによって実現されます。
次回の後編では、ジェームズ・リーズンが提唱した「スリップ」「ラプス」「ミステイク」というヒューマンエラーの分類を詳しく解説するとともに、「エラー」と「違反」は本質的に異なる現象であることを考察します。そして、これらの理論が介護現場にどのような示唆を与えるのかを具体的な事例とともに掘り下げていきます。
人間は限られた認知資源の中で効率よく行動するために、多くの判断や動作を自動化しています。この自動化は日常生活や介護実践を支える重要な能力ですが、一方で思い込みや見落としを生み出す原因にもなります。
このような人間の認知過程を体系的に整理したのが、認知心理学者ジェームズ・リーズンです。彼は、一九九〇年に著書『Human Error』を刊行し、それまで漠然と「不注意」や「ミス」と表現されていた現象を、認知過程の違いに基づいて分析しました。この研究は航空、原子力、医療など多くの分野に影響を与え、現在では介護安全を考える上でも欠かすことのできない理論となっています。
リーズンが示した重要な視点は、「人間はどの段階で誤ったのか」という問いを立てたことにあります。事故という結果だけを見ると、すべて同じ「ミス」に見えます。しかし、人間が情報を受け取り、判断し、行動する過程を細かく観察すると、失敗が生じる段階は決して一つではありません。その違いを理解しなければ、有効な再発防止策を考えることはできません。
まず理解しておきたいのは、「スリップ」と呼ばれるエラーです。
スリップ
スリップとは、行おうとしていた目的そのものは正しかったにもかかわらず、実際の行動が誤ってしまう現象を指します。
例えば、利用者Aに食事を配膳しようと思いながら、誤って利用者Bの前に食事を置いてしまう場面を考えてみましょう。この場合、職員は「Aに配膳する」という目的を理解しています。しかし、配膳という行動の段階で誤りが生じています。
このようなスリップは、注意が別の対象へ向いたときや、環境からの割り込みによって起こりやすくなります。電話が鳴った、別の利用者から声を掛けられた、緊急対応が入ったといった状況では、本来予定していた行動が途中で中断され、再開した際に無意識のうちに誤った行動を選択してしまうことがあります。
介護現場は、多重課題が日常化している職場です。そのため、スリップは決して珍しい現象ではなく、どれほど経験豊富な職員にも起こり得ます。
ラブス
次に、「ラプス」と呼ばれるエラーがあります。
ラプスは、記憶の失敗によって起こるエラーです。
例えば、車椅子へ移乗した後、ブレーキを解除する予定であったにもかかわらず、そのこと自体を忘れてしまう場合や、服薬介助を終えたと思い込み、実際には一人の利用者だけ服薬が済んでいなかったという場面がこれに該当します。
スリップとラプスは混同されやすいのですが、両者には重要な違いがあります。
スリップは「行動の誤り」であり、ラプスは「記憶の抜け落ち」です。
介護現場では、「確認不足だった」と一括りにされることが多いものの、実際には注意の問題なのか、記憶の問題なのかによって改善策は変わります。
例えばラプスが頻発するのであれば、「もっと注意しよう」と呼び掛けるだけでは改善しません。記憶に頼らずに済むチェックリストや電子記録、ダブルチェックなど、記憶を補う仕組みを整える必要があります。
ミステイク
そして、リーズンが最も重要視したのが「ミステイク」です。
ミステイクは、行動そのものではなく、判断や計画の段階で既に誤っている状態を指します。
例えば、脱水傾向が強い利用者に対して水分制限が必要だと思い込み、水分摂取量を減らしてしまったとします。この場合、職員は誠実に介護を行っています。しかし、その前提となる判断が誤っているため、結果として利用者へ不利益を与えてしまいます。
ミステイクは知識不足だけによって起こるわけではありません。
経験豊富な職員ほど、自らの成功体験を基に判断するため、「以前はこうだった」「この利用者も同じだろう」という思い込みが生じることがあります。
認知心理学では、このような現象をメンタルモデルと呼びます。人間は経験を積むほど、頭の中に物事の理解の枠組みを形成し、その枠組みに沿って素早く判断できるようになります。しかし、その枠組みが現実とずれていた場合、本人は正しい判断をしているつもりでも、結果として誤った結論に至ることがあります。
介護現場では、「認知症だから理解できないだろう」「昨日と同じ状態だろう」といった先入観が、ミステイクを生み出す原因になることがあります。
つまり、経験は専門性を高める一方で、固定観念という新たな危険も生み出すのです。
違反
さらに、リーズンは「違反(Violation)」をヒューマンエラーとは区別して考える必要があることを指摘しました。
違反とは、手順や規則を理解した上で、それを意図的に守らない行動です。
例えば、決められた本人確認を「いつも同じ利用者だから大丈夫だろう」と省略する行為は違反です。
一方で、確認したつもりだったにもかかわらず、注意が逸れて本人確認を忘れてしまったのであれば、それはスリップやラプスであり、違反ではありません。
この違いは極めて重要です。
介護現場では、すべての事故を「職員の不注意」と一括りにしてしまうことがあります。しかし、エラーと違反は発生する背景も、必要な対策も異なります。
違反が繰り返される組織では、「なぜ規則が守られないのか」を考えなければなりません。その背景には、人員不足や過重労働、実態に合わないマニュアル、あるいは「多少省略しても問題ない」という職場文化が存在していることがあります。
一方、スリップやラプスが多い場合には、人間の認知特性を補う仕組みづくりが求められます。
つまり、安全管理とは、人間を責めることではなく、人間という存在を深く理解した上で、人間が安全に働ける環境を設計する営みなのです。
この視点に立つと、事故報告書の書き方も大きく変わります。
「確認不足だった」という結論だけでは、事故分析としては十分ではありません。
その確認不足は、スリップだったのか、ラプスだったのか、それとも知識不足によるミステイクだったのかを考えなければ、有効な改善策は導き出せません。
さらに、その背景には疲労や情報量の過多、業務の中断、申し送り不足など、どのような認知的負荷が存在していたのかまで分析して初めて、組織として学ぶべき課題が明らかになります。
介護は、人間が人間を支援する営みです。そのため、安全を支える最も重要な知識は、人間を理解する知識でもあります。ヒューマンエラー研究は、「人はなぜ失敗するのか」を明らかにする学問であると同時に、「人はどのような環境であれば安全に能力を発揮できるのか」を探究する学問でもあります。
介護安全学において、ヒューマンエラーを学ぶ目的は、職員の弱点を見つけることではありません。人間という存在を正しく理解し、その理解に基づいて利用者にも職員にも安全な環境を築くことにあります。その視点を持つことが、安全文化を育てる第一歩となるのです。
