• 「事故原因論」の歴史
  • ドミノ理論から組織事故論への発展
  • ジェームズ・リーズンの思想
  • スイスチーズモデルの本質
  • 「個人を責める安全管理」から「組織を改善する安全管理」への転換
  • 介護現場への応用

介護現場で事故が発生すると、多くの場合、最初に向けられる問いは「誰がミスをしたのか」というものです。転倒事故であれば見守りを担当していた職員、誤薬であれば薬を準備した職員、誤嚥事故であれば食事介助を行っていた職員が、その原因を説明するよう求められます。このような対応は、事故の再発を防ぐために責任を明確にしようとする姿勢の表れでもありますが、一方で、安全科学の観点から見ると、事故の本質を見失わせる危険性も含んでいます。

介護という仕事は、多数の利用者の状態を把握しながら、限られた時間の中で多様な業務を同時並行に進める専門職です。そのような環境では、人間が一度も失敗せずに働き続けることを前提に安全を考えること自体が現実的ではありません。むしろ、人間は誰でも間違えるという前提に立ち、その間違いが重大な事故へと発展しない仕組みを整えることが、安全管理の本質になります。

しかし、このような考え方は、初めから存在していたわけではありません。現在の安全科学が成立するまでには、長い歴史の中で事故原因に対する考え方が大きく変化してきました。その変遷を理解することは、介護安全学を学ぶ上でも重要な意味を持っています。

十九世紀から二十世紀初頭にかけて、産業革命によって工場での機械化が急速に進むと、労働災害が社会問題となりました。当時の事故原因論では、事故は作業者の不注意や能力不足によって生じるものと考えられていました。安全教育とは、作業者に注意を促し、規則を守らせることであり、「もっと慎重に作業をすれば事故は防げる」という発想が支配的だったのです。

この考え方は、一見すると合理的に思えます。実際、危険な場所で不用意な行動を取れば事故は起こりやすくなりますし、安全確認を怠れば重大な結果につながることもあります。しかし、この説明だけでは、多くの事故を十分に説明できないことが次第に明らかになりました。

例えば、経験豊富で普段から慎重に仕事をしている職員であっても、疲労が蓄積していたり、複数の利用者への対応が重なっていたりすると、思いがけない判断ミスを犯すことがあります。また、設備の配置が不適切であったり、情報共有が不十分であったりすれば、どれほど優秀な職員であっても事故を完全に防ぐことは困難になります。つまり、事故は個人の能力だけで説明できる現象ではなく、人間を取り巻く環境や組織の仕組みが大きく影響していることが徐々に認識されるようになったのです。

こうした考え方の転換に大きな影響を与えた人物の一人が、アメリカの保険技術者ハーバート・ウィリアム・ハインリッヒでした。彼は一九三一年に『Industrial Accident Prevention』を著し、多数の労働災害を分析した結果、事故には一定の法則性が存在すると考えました。現在でも広く知られる「ハインリッヒの法則」は、その研究成果の一つです。

ハインリッヒは、重大事故の背後には多数の軽微な事故があり、そのさらに背後には数多くのヒヤリハットが存在すると考えました。この法則は「一件の重大事故の背後には二十九件の軽傷事故と三百件のヒヤリハットが存在する」という形で紹介されることが多く、介護現場でも広く引用されています。

しかし、本来ハインリッヒが伝えたかったのは数字そのものではありません。彼が重視したのは、重大事故だけを分析するのではなく、小さな異常や失敗の段階から危険の芽を発見し、組織として改善を積み重ねることの重要性でした。この視点は現在のヒヤリハット活動にも受け継がれています。

一方で、ハインリッヒは事故の主な原因を作業者の不安全行動に求めていました。当時としては画期的な理論でしたが、現在の安全科学から見ると、人間個人の行動に重点を置きすぎていたという限界も指摘されています。

第二次世界大戦後になると、航空産業や原子力産業、宇宙開発など、高度な技術を必要とする分野が急速に発展しました。これらの分野では、一度の事故が数百人の生命や社会全体に大きな影響を及ぼすため、安全に対する考え方も大きく変化していきます。

航空機事故の調査では、事故を引き起こした操縦士だけを責めても再発防止にはつながらないことが繰り返し確認されました。操縦士の判断ミスの背後には、設計上の問題、計器表示の分かりにくさ、教育訓練の不足、組織内のコミュニケーション不足など、多数の要因が複雑に絡み合っていたのです。

このような知見は、人間工学や認知心理学の発展とも結び付き、「人間は必ず間違える」という前提でシステムを設計するという新しい安全思想を生み出しました。

この発想は介護にも極めて重要です。

例えば、薬の取り違えが起きたとき、「確認不足だった」と結論付けることは簡単です。しかし、その施設では薬袋のデザインが似通っていたのかもしれません。夜勤で一人勤務となり、複数の利用者への対応が重なっていたのかもしれません。あるいは、申し送りが十分に行われず、利用者の薬剤変更が共有されていなかった可能性もあります。

つまり、職員の確認不足という事実は事故の「最後の出来事」であって、その背後には組織や環境に存在していた数多くの潜在的な問題が隠れていることが少なくありません。

介護事故を本当に減らしたいのであれば、「最後にミスをした人」を探すことではなく、「なぜその人がミスをせざるを得ない状況が生まれたのか」を考える必要があります。この視点こそが、現代の安全科学の出発点であり、後に組織事故論として体系化されることになります。

そして、この考え方を最も分かりやすく理論化した研究者が、イギリスの認知心理学者ジェームズ・リーズンでした。彼は、人間の失敗を責めるのではなく、組織全体がどのように事故を防ぐべきかという視点から「組織事故論」を提唱し、安全科学の歴史を大きく変えることになります。


事故は一人の職員の判断だけで発生するものではなく、その背後には組織や環境が複雑に関係しているという認識が、安全科学の発展とともに広く共有されるようになりました。この考え方を理論として体系化した人物が、イギリスの認知心理学者ジェームズ・リーズンです。

リーズンは、人間の認知や注意の研究を通して、「人間は本質的に誤りを犯す存在である」という事実を出発点に据えました。ここで重要なのは、人間は能力が低いから間違えるのではなく、どれほど経験豊富で責任感の強い専門職であっても、認知能力には限界があるという点です。私たちの注意力は無限ではなく、記憶には限界があり、疲労や焦燥、思い込みや環境からの影響を完全に排除することはできません。

介護現場を思い浮かべてみると、このことは決して特別な話ではありません。朝食介助の時間帯には、複数の利用者から同時に声を掛けられます。ナースコールが鳴り、電話が入り、職員同士の申し送りも並行して行われます。そのような状況では、一つの確認作業に集中し続けることは容易ではありません。経験を積んだ職員ほど、多くの業務を効率よくこなそうとするため、かえって情報処理量が増え、認知的な負荷が高まることさえあります。

このような現実を踏まえれば、「もっと注意すれば事故は防げた」という説明がいかに単純であるかが理解できます。もちろん、注意を払うことは重要です。しかし、安全を注意力だけに依存させることは、人間の特性を無視した考え方であり、安全管理としては極めて不安定な方法なのです。

リーズンは、このような問題を説明するために「組織事故論」を提唱しました。彼は、事故とは単一の原因によって発生するものではなく、多くの防御機構が少しずつ機能しなくなり、それらが偶然に重なったときに初めて重大事故へ至ると考えました。

この考え方を視覚的に表現したものが、現在では世界中の医療機関や航空会社で活用されている「スイスチーズモデル」です。

スイスチーズには、いくつもの穴が開いています。リーズンは、この穴の開いたチーズを組織の防御壁になぞらえました。一枚一枚のチーズは、事故を防ぐために存在する仕組みを表しています。例えば、介護施設であれば、介護計画、マニュアル、職員教育、申し送り、ダブルチェック、見守り体制、設備環境、リスクアセスメントなどが、それぞれ一枚のチーズに相当します。

これらの防御壁は、それぞれ単独で事故を完全に防ぐことはできません。どの仕組みにも不完全な部分があり、小さな穴が存在しています。教育を受けていても知識不足は起こり得ますし、マニュアルが整備されていても現場で十分に活用されないことがあります。申し送りが実施されても、情報が正確に伝わらないこともあります。

通常であれば、それぞれの穴は異なる位置にあるため、一つの防御壁を危険が通り抜けても、次の防御壁で止められます。しかし、何らかの理由で複数の穴が一直線に並んでしまうと、危険はすべての防御壁を通過し、重大事故として現実化します。

ここで注目すべきなのは、事故を引き起こした最後の職員だけが問題なのではないという点です。その職員がミスをした背景には、それ以前の段階で機能すべき防御壁が十分に働いていなかった可能性があります。つまり、事故は最後の一人によって「作られた」のではなく、組織全体の防御機構が少しずつ機能を失った結果として生じるのです。

介護現場で具体的な例を考えてみましょう。認知症の利用者が夜間に居室から出て転倒し、大腿骨を骨折したという事故があったとします。この事故だけを見ると、「巡視が遅れた」「見守りが不足していた」という結論になりがちです。しかし、組織事故論の視点から振り返ると、より多くの要因が見えてきます。

その利用者は数日前から歩行状態が不安定になっていたにもかかわらず、アセスメントが更新されていなかったかもしれません。夜間の排泄回数が増えていたことが職員間で十分に共有されていなかった可能性もあります。居室の照明が暗く、手すりの位置が適切ではなかったことも考えられます。さらに、その日は急な欠勤があり、夜勤職員が通常より少ない人数で勤務していたかもしれません。

このように振り返ると、転倒事故は巡視担当者一人の責任ではなく、情報共有、環境整備、人員配置、リスク評価、ケア計画といった複数の防御壁が同時に弱まった結果として理解できるようになります。この理解こそが、事故の再発防止につながる出発点になります。

一方で、組織事故論には誤解されやすい点もあります。それは、「組織が悪いのであって、個人には責任がない」という考え方ではないということです。介護職には専門職としての責任があり、基本的な確認や観察を怠ってよいという意味では決してありません。

リーズンが強調したかったのは、個人の責任を追及するだけでは安全は向上しないということでした。人間の注意力には限界がある以上、「次から気を付けます」という反省だけでは、同じような条件がそろえば事故は再び起こります。だからこそ、個人の行動を改善するだけではなく、組織全体の仕組みを見直さなければならないのです。

この視点は、介護施設における事故報告書の書き方にも大きな影響を与えます。事故報告書の目的は、誰かを処分するための資料を作ることではありません。本来の目的は、事故に至るまでの経過を丁寧に分析し、どの防御壁が十分に機能しなかったのかを明らかにし、組織全体として改善策を考えることにあります。

したがって、「確認不足」「見守り不足」といった抽象的な結論だけでは十分ではありません。なぜ確認ができなかったのか、なぜ見守りが困難だったのか、その背景にある業務設計や情報共有、教育体制、設備環境まで掘り下げて初めて、安全管理として意味のある分析になります。

介護は、人と人とが関わる仕事です。そのため、工場のように機械だけを改善すれば安全が実現するわけではありません。利用者一人ひとりの状態は日々変化し、職員の経験や判断も異なります。そのような不確実性の高い環境だからこそ、人間が間違えることを前提とした仕組みづくりが重要になります。

介護安全学が目指すのは、事故を起こした職員を探し出すことではなく、事故を生み出しにくい組織を育てることです。そのためには、事故を個人の失敗として終わらせるのではなく、組織全体の学習機会として活用する姿勢が求められます。事故が起きたとき、「誰が悪かったのか」ではなく、「私たちの仕組みのどこに改善の余地があったのか」と問い直す組織こそが、安全文化を育てる組織なのです。